福島市の市道で死亡事故を起こし過失運転致死の疑いで逮捕された、97歳の波汐國芳(なみしおくによし)容疑者は著名な歌人であることがわかりました。
調べてみると波汐國芳(なみしおくによし)容疑者は、元東北電力・川俣営業所長であり、歌人としては受賞歴もあり近隣住民には「立派な先生」として認知されていたようです。
この記事では波汐國芳(なみしおくによし)容疑者のすごすぎる経歴や近所の評判などをまとめています。
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波汐國芳容疑者の経歴「元東北電力・川俣営業所長」
波汐國芳容疑者が著名な歌人であることは既に周知のことであるが、じつはその経歴のなかに「元東北電力・川俣営業所長」というのも含まれることがわかりました。
別記事でも紹介した、歌人・波汐國芳の経歴がこちらです。赤い矢印のところにおそらく「東北電力」の経歴が入ると思われます。
上の経歴(画像)に東北電力を加えて書き直しました。
- 1925年 福島県いわき市に生まれる
- 年齢 97歳
- 1947年 短歌結社「潮音」に入社
- 太田水穂・四賀光子に師事
- その後「新墾」「露草」「白夜」「環」にも関係
- 1978年~1980年 東北電力・川俣営業所長
- 2007年 第三十四回日本歌人クラブ賞受賞
- 2010年 地域文化功労賞(文部科学大臣表彰)
- 2017年 日本現代詩歌文学館賞
- 現在「潮音」選者・「白夜」選者・福島民友新聞歌壇選者
- 現代歌人協会会員
- 日本歌人クラブ東北ブロック参与
- 福島県歌人会顧問
- 歌誌「翔」編集発行人
1978年~1980年に東北電力・川俣営業所長を務めています。何年に東北電力に入社したのかまではわかりませんでしたが、波汐國芳容疑者は歌人として活動するかたわら東北電力にも勤務していたことがわかりました。
波汐國芳容疑者の東北電力時代の情報をTwitterで調べてみました。
onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2015/04/
URLを開いてみると2014年3月19日の東京新聞の記事を紹介しているページがでました。
〔フクシマの歌〕◆ 「3・11」の12年前、波汐國芳さん(元東北電力・川俣営業所長)は、メルトダウンを予感し、こんな歌を詠んでいた / 桜木の木下の闇や原発の炉心溶融あるかも知れぬ ★ フクイチ被曝地の桜はことしも咲いたはずだ! 安倍政権が再稼働を進める日本。美しい国の桜を放射能で穢してはならない!
・ 退職前の一九七八~八〇年には、福島県川俣町の川俣営業所長を務めた。東北電力は当時、浜通りの浪江町と小高町(現南相馬市)で「浪江・小高原発」を計画。波汐は社の方針に従い、電化教室などで地元住民に原発の安全性を説いた。
「会社も、組合も推進だから。飯舘村の人たちを福島第一原発に案内したこともありました。チェルノブイリとは型が違うから安全だって言ったりね。実際は受け売りにすぎなかったわけだけど」
・ 事故の後、波汐は深い贖罪(しょくざい)の思いを歌っている。
<原発に一枚噛(か)んで古井戸の汲(く)んでも汲んでも尽きない悔いだ>
波汐國芳容疑者は東日本大震災(3・11)の12年も前に原発事故の予感がしていて、それを歌にしていたということです。
そして、東北電力職員として原発の安全性を説いて推進していたことに、深い贖罪の思いがあったという内容です。
「原発に一枚噛(か)んで古井戸の汲(く)んでも汲んでも尽きない悔いだ」
この歌に後悔の念に駆られていることがうかがえます。
波汐國芳容疑者は歌人として、長年原発の危険性を短歌作品として発表し警報を発する活動をしてきました。
原発をテーマにした歌集がこちらです。
【2012年出版「姥貝の歌」いりの舎刊】
幼いころから親しんできた「姥貝(ウバガイ)」の口をかりて震災以後の生をうたい、ふるさとの海を取り戻したいと願っています。
- 「プルサーマル阻止の集いに遠尾根の溶岩流をみちびきゆくも」
- 「姥貝の口をひらいて海に問え白亜紀ざぶりと戻って来るか」
- 「原発に追われ追われてゆく牛のふと振り向きしその目忘れず」
- 「放射能を好む菜ありてこの村に菜のはなの笑みだけが残った」
- 「原発の廃炉を覆う石棺の闇しんしんと醒めゆくわれか」
【2016年出版「警鐘」角川文化振興財団】
3.11はまだ終わっていない。被曝地の福島に暮しその運命を問い続ける。破滅への歯止めのために歌人にできることは何か。
- 「ああ我ら何にも悪きことせぬを「原発石棺」終身刑とぞ」
波汐國芳容疑者は原発と戦い続けた後半生だったということがわかりました。
ただ残念なのは、原発の危険性は十分に予見できる人であったのに、97歳の自分が車を運転することの危険性は予見できなかったというところです。
波汐國芳容疑者の家族「妻・息子・娘」
波汐國芳容疑者の隣で微笑んでいるのが奥さんです。この奥さんは3~4年前に亡くなっており、それからは波汐國芳容疑者はずっと一人暮らしだそうです。
こどもが二人、息子と娘がいたそうですが、現在は東京に住んでいるとのことです。週に何度かヘルパーさんがきて身の回りの世話をしてくれ、それ以外は自分一人で買い物などにも車ででかけていたそうです。
波汐國芳容疑者の自宅は古い二階建ての家屋ですが、玄関周りや庭は掃除が行き届いていたそうですので、きれい好きだったのかヘルパーさんがやってくれるのか。
奥さんに先立たれてしまい、たった一人自宅で寂しい独居生活だったと思うと、いろいろと考えさせられます。
【追記】波汐國芳息子は行政書士だった「なみしお事務所」
今日のめざまし8で波汐國芳容疑者の息子が取材にこたえていました。
この息子、名前は波汐瑞夫(みつお)さんといいます。
息子・波汐瑞夫(みつお)さんは、東京都豊島区池袋で行政書士をしていて「行政書士なみしお事務所」を構えています。
法政大学を卒業後、証券会社入社し国際部に勤務、海外留学、海外勤務などを経て2016年に行政書士に転身したエリートだったことがわかりました。
波汐國芳容疑者が運転事故の車種「軽自動車に変えたばかり」
近所の人の話によると、波汐國芳容疑者は前はもっと大きな自動車に乗っていたそうですが、最近、軽自動車に替えたばかりだったとのことです。
この写真からも、小さいくるまというのがわかると思います。大きな車は波汐國芳容疑者のような老人にはもてあましたのかもしれません。
ですが、新しい車に対応できていたのかも疑問です。
波汐國芳容疑者のと近所の評判「運転はあぶなっかしい」
波汐國芳は地域では「有名な歌人」として知られる存在だったそうです。
やはり運転は不安視されていたようですね。波汐國芳容疑者は最近、車を買い替えたばかりだったそうですので、その車にもまだ不慣れであったとも考えられます。
地方では車が無いと生活が不自由とききますが、波汐國芳容疑者は自分の運転に不安を覚えたことは無かったのでしょうか。
自主返納をうながしてくれる家族がいてくれたら・・・
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